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by udanao
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blue and tree

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ついこの間、美術に関わる人達と話をしていた時に
この世の中に、極めて個人的で内輪で、
少しも普遍的な何かを示唆しないような
そんな美術作品が存在するのだろうかという話題が出た。
例えば、スタイルが個人的だったり、ある地域独自のものだとしても、
その内容や意味は、住んでいる場所が違ったり、
社会のシステムが違うところにいる人たちの人生の問題とだって
繋がってしまうのではないかと。

夏の台湾の個展の時から、
二つのものの間に発生する距離について考えている。
何か二つのものがある場合、
その間の距離は時代とか、関係とか、事情とか、
いろんなことが理由で近くなったり遠くなったりして、
どうやって測ったらいいのかわからない時もあるのだと思う。
その間をどうにかして近付けたり、境目を曖昧にしたり、
距離を認めたりするために、美術は大きな意味を持つのだろう。
美術という名の下で、世界の問題について思う事があったなら、
何かを表現してみていいんだよという大義名分が生まれて、
そうしたらそれは、現実のやむを得ない状況について
正々堂々と考えたり話したりするための糸口になるのかもしれない。
本当なら、そんな言い訳なしに好きなことを好きなように話すのが
きっと自然で心地よい事なのかもしれないけど、
様々な理由でそれが叶わない時でさえ、人は例え話や知恵を使って、
自分が考えることを伝えて行こうとするのだろうと、
ここ最近出会った一連の作品を観て思った。
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by udanao | 2012-12-17 00:29 | art