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by udanao
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Nu and me

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例えば、自分が一番気に入っている作品が
2年前のものだったとしたら、
それは、進歩が見られないということなのか。
この2年を無駄にしてるということなのか。

私のクラスでは今、それぞれが自分の代表作となる写真を選んでいる。
最新の作品を選ぶ人もいる中、
ある人は、2年前に撮った一枚が一番自分らしいと主張して、
まわりの人もそれに同意していた。
本人としては色も構図もテーマも全部気に入ってるのに、
唯一、2年前の作品だということに納得できないらしい。
何のために、数百万円払って2年間大学に通ったんだー!って。

最新の作品を「私の代表作だ」と言う場合、
最もフレッシュな自分が見せられる反面、
まだしっかりと考えが固まってなくて、
足下がぐらぐらと揺れてしまう可能性がある。
今日の確信が、明日も信じられるかは、
時が経ってみないとよくわからない。
進化し続ける自分はいつでも素早く動くから、
自分でも姿を見極めにくいものだ。

その反面、2年経ってもまだ好きだと思えることとか、
2年間毎日見続けても大事にできることは、
きっとホンモノなんだろうと思う。
時が流れて、いろんなことが変化しても、
その中心にある何かが自分らしくて、
いつ見たって、これが気に入ってるんだと思えるもの。

私にも、そんな「核」みたいなものが見えてきてる気がする。
誰が何と言おうと、誰が私の作品に疑問を投げかけようと、
別に気にならないほどに信じられる何かがあるのは、
とても暖かい。

説明の方法が下手だったり、
使った手法が合ってなくて、
私の信じる「核」がうまく伝わらない事もあるかもしれない。
でも、それは別に「核」に問題があるのではなくて、
伝え方が違ったということ。
英語しか分からない人に、日本語で愛や信念を伝えたって、
ぼんやりとしか伝わらないようなそんな感じ。
どうしても伝えたいなら、
行動とか絵とか踊りとかで訴えたらいいってことか。

一人一人にカスタマイズした方法で、
私の「核」を伝えて行けばいいんだよな、と気付いた。
時には一度に10人に届くかもしれないし、
100人かもしれないし、
もしかしたらたった一人宛かもしれないけど、
どっちが意義深いかなんて、別に比べられない問題だよね。

そう思ったら、
2年間同じクラスにいるみんなが愛しくてたまらなくなった。
もの静かで、よくわからないヤツを
一体どう思ってるんだろうと心配したこともあったけれど、
みんなはもっと真剣に私を見ててくれたようだ。
私が歩んで来た道も、苦悩して来た我が分身ヌーの歩みも、
みんなは全部知ってて、どうやって発展したかもわかっててくれて、
その上で、ナオのヌーはここがすごいんだぜ!!とか
ヌーはこんな形にもなるんだぜ!!驚きだよね!!
とか言ってくれるのがうれしい。

卒業式は泣くね、きっと。
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by udanao | 2007-03-01 17:03 | art