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by udanao
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カテゴリ:art( 45 )

time limit

b0010191_1165416.jpg


記憶の中の風景をもとにして作られた白い彫刻。
展示してる会場にて製作されたらしい。
大きいから、会場から持ち出すこともできなければ、
どこかに保存することもできない。
展示が終わった時には砕いて捨てるらしい。

「それは残念じゃないですか?」って聞かれたアーティストの答えは、
記憶はもともと、そういうものだから、いいんですと。
記憶は常にどこかにあるけれど、
ここにあります、って取り出せるものではない。

そういう掴めなさが記憶だって。

決してその場所には戻れないけれど、
そこを求めてしまう。
またその瞬間を再現したいと思ってがんばるけど、
二度とは作り出せないもの。

時間と手間をかけて作り出した作品を、
自分の手で壊す瞬間があると知っていること。
そして、それが作品の存在する意味の一つだっていうこと。

モノ作りの世界はなかなか深い。
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by udanao | 2005-02-27 11:29 | art

活き

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またもや始まった。
いつも同じ場所をぐるぐるしているけど、
結局は、毎回新しいネタを発表するべきなんだ。

「今回のこの写真で何かをしてやろうなんて、でっかい目的はない」
今日の私はそう言った。
一体何、考えてたんだか。
でっかい目的あるじゃん。

眠かったからって、ちょっとディスカッションに飽きてたからって、
言いたくないことを言ってしまったくさい。

次回はでっかい目的と共に作品を持って行って
前言撤回させていただかないと。

後悔。
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by udanao | 2005-02-23 13:43 | art

a project

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来週の水曜までにやらねばならない、あるクラスの課題。
「街で興味深い人を見つけ、
その人に気づかれないように付いて行き、
証拠の写真を撮ってこい」
証拠、とは
その人の姿でもいいし、その人が買ったものとか
行った場所とかでもいいらしい。

practical theoryというそのクラスは、
写真を撮る時のネタとして使えるアイディアとか、
今までの写真家達はどんな妙なことをしてきたか、を教えてくれる。
このクラスでは、毎週出された課題に沿って、
何を作っても暖かく受け入れてくれる。
アイディアが面白い方がよくて、いかに考えたか、が評価される。

トレーディングカードを作ってみたのもこのクラスのため。
ひらめきに基づいて好きなだけ走らせてくれて、
遠くまで走れば走るほど認められる。
大好きです。

今までの半年は読まずに過ごしてきたけど、
今週からは先生おすすめの文献も読もうと思う。
なぜ宿題が出来なかったか、を延々と言い訳をする生徒に対して
先生が言った
「それをやる事に意味がある、って思うならひたすらやりなよ」
っていう言葉が真実だと思ったから。

学ぶって楽しいんだ、って今更ながら満喫。
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by udanao | 2005-01-28 15:59 | art

yui

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真夜中に黙々と進めていたトレーディングカードプロジェクト。
「物事の切れ端で全体を感じさせよ」という課題に対して、
私の答えはトレーディングカードだった。
そして、テーマは妹。

妹という人をよく知っているような気がする。
生まれた時から見ていて、大事に思ってる相手だから。
どんな精神状態の妹でも、そんな気分の自分でも
別に気にせずに同じ部屋にいられる。
そんなやつ。

トレーディングカード10枚の中に収めた妹の写真は、
私が日本に帰る度に撮ったもの。
別々に暮らしてる毎日の中で、一緒にいられる時間の切れ端たち。
妹という人が私に見せてくれた一面たち。

それと同時に、トレーディングカードというモノ自体が
でっかい全体を感じさせる小さい切れ端だよなと思う。
決して見る事は出来ないコンプリートコレクションを求めて
たくさん買い漁る小さい袋入りのカード。

そんなことを思いつつ、夜な夜なカードを作っていたら、
とても妹に会いたくなった。
NYに来ないかなぁ。
高2とか高3とか、自分にとって大事だったその時期を
妹がどうやって過ごしてるのか、もっと知りたいと思う。

ちなみに
自分の希望通りに集められる自作トレーディングカードは
微妙に欲求不満になる。
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by udanao | 2005-01-27 09:06 | art

disk

おととい手に入れたハイテクソフトに興奮して、
昨日、4時間ほどかけてモノを作った。
なのに、それを印刷しようとした瞬間に
「ディスクエラーで作品が壊れました」というメッセージが。
しかも、そのメッセージの最後には
"I'm sorry, but this error is unrecoverable"とか
書かれてるし!!!
「I'm sorryから文が始まった時には、
その後に言いにくいことが来ます」
って英語学校で習った通りだ。
謝られたってなんだって、このショックは慰められないと思うんだが。

その後、別の場所にセーブしておいた同じファイルが発見できて
モノは無事印刷できたけど。
必要枚数を印刷し終わったところで、
また同じメッセージが出た。
何なんでしょうかね。
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by udanao | 2005-01-22 03:39 | art

the thing

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寝ようと思った時に、突然沸き上がるアイディア。
授業が始まりそうな瞬間に届く、魅力的な人々からのメール。
ネタ帳に書いても書いても止まらない興奮。

そんなことが続いていて、とても楽しいです。

今日はすごいソフトを買った。
これで写真をいじくったり、ウェブサイトを作ったり、
雑誌のレイアウトが思う存分できる。

昨日まではただ頭の中で考えていたやりたいことが、
今日知った方法を使ったら達成できるかも。

NYは雪も激しいし、冬は家でなんか作るに限る。
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by udanao | 2005-01-20 07:48 | art

game

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クラスで自作のカードゲームを披露。
イタリアで撮った写真に気になる単語をつけてラミネートして
神経衰弱ができるようにしたもの。

私の作品はプレゼンテーションの方法とか
何を使ってどういうモノを作るかにこだわってるせいで、
他の人たちに比べて「写真の出来」についての講評を受けにくい。
この構図がいいだとか、写ってるこの物体は何を意味してるとか
そういうことを見られにくい。

先生は、写真について話してないけど嫌じゃない?
って気にしてるみたいだけど、
私はそんなに気にしてない。
もしも写真がものすごいやばかったり、
とてつもなく場違いだったらきっと目に付くだろうから。
今の私にとって必要なのはきっと、
私の写真は何に生かせるかってこと。

写真を撮るとか、きれいなものを見つけて歩くなんてことは
いつの間にか当たり前になりすぎてて、
もうそれでは満足できないのかもしれない。

自分の手にカメラがあることが当たり前で、
イメージした通りの写真がいつでも取れることはわりと普通で、
大抵、狙った通りの瞬間が紙の上に再現できる。
だからこそ、私はそんな写真たちを使って何か別のモノを作る。

額に入れてギャラリーに飾るためのきれいなプリントとか
一部の人だけが手に入れられる高額な写真よりも
欲しいと思った人がちょっと買えるようなモノが作りたいと思う。
本かもしれないし、ちょっとしたノートかもしれないし、
雑誌かもしれないし、ポストカードかもしれない。
大量生産よりも、もうちょっとマニア向けな感じで。
世界に1個ってのはちょっとレアすぎるから、
世界に30個ぐらいの流通具合がいい。
またはアメリカに30個、日本に30個までは許す。

一晩に何個か作って2週間かけたら完成するようなスケールがいい。

今セメはそんなグッズ作りに励むかな。
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by udanao | 2005-01-19 12:05 | art

なるほど

おもしろい記事を読んだ。
夢を叶えたいって思うことを
「家に帰るのと同じ」って考えたらどうかって。
とっても当たり前で、かつ絶対にたどり着きたいと思う場所だって。
その人が言うに、
家に帰りたいと思って、電車が止まってたりしたら、
バスを使ってみたり、時には徒歩でだって
どうにかたどり着こうとするでしょって。

たしかにそうだよな。
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by udanao | 2005-01-17 22:33 | art

行方

作品とは、それについての説明があってこそ、
人にわかってもらえるんだろうか。
それとも、作品とはただそこにあるだけで
美しくて魅力的であるべきなのか。

いくらその裏にものすごいコンセプトがあったって、
見た目が怪しげだったらそれは伝わらない?
いくらすごい魅力的な人だったとしても、
言葉が通じなかったらわからない?

いつか学院長が言ってた。
オーディエンスに合った話をしないとだめだって。
伝えたいことはたった一つでも、言いたいことは全く同じでも、
伝え方にはたくさんの方法があって、
それをどうやって誰に伝えるかは自分の工夫次第だと。
5歳の子に話す時と、大人の集団に向かって話す時の自分は
全然違うでしょって。

だとしたら私はどんな方法で話していけばいいんだろう。
私が伝えたいことが何なのかもよくわからないけど、
写真を使うという前提で、今後どうやって話していこうか。

将来はどんなことになるんだか。
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by udanao | 2005-01-16 09:52 | art

line

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久しぶりに会ったクラスのメンバー達。
2セメスター連続のクラスって今までなかったけど、
けっこう楽しい。
お、元気?みたいな会話とか
国に帰ってたの?みたいなちょっとした言葉がうれしくて。
さあ、戻ってきました。って思えた。

授業は前回の続きのまま普通に始まって、
みんなのコメントもなかなかキレがよい。
休みだからたくさん撮ってたよ、って
当たり前のように作品を壁に貼る人々。
いったい何のためにこんなものを撮ってるんだ?って
とてつもなく厳しい質問をする人々。
まるで先週も会ってたような感じで心地よい。

2週間ちょっと話してなかったせいで
英語を口にするだけでちょっと照れる。
日本語を話してる自分と英語を話してる自分は同じようで違う。

ノスタルジーっていうのは現在の否定か、っていう話が
なんか興味深かった。
去年の私は、いかに昔の写真を現在の自分と合わせるか、
ってことが気になっていて、
必死にその隙間を埋めたいと思っていた。
でも、今日ふと今年は何をしようかって考えてみたら、
過去プロジェクトはもういいんじゃないか、って思えた。
もう忘れるんじゃなくて、とりあえずちょっと別の方向を見て、
また帰ってこようって。

写真っていうのは常に過去だっていう話があった。
写真というものが過去を写すもので、
私たちが写真を通して見てるものは常に過去なんだよ、って。

現在が見たくないから写真を撮るんだろうか。
それとも、過去の自分が今の自分を確実に作ってるんだ、
って知るために写真を撮るんだろうか。

今回の日本滞在という「過去」はフィルム57本分。
これをどう生かして何を作るかっていうのが
今の私の最大の楽しみですな。
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by udanao | 2005-01-12 10:45 | art