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カテゴリ:life( 85 )

対話と発見の年

2016年を振り返るには、もしかしたらまだ早いのかもしれないけれど、
この一年は対話と発見の年だったのではないかと思う。

不自由な中国語を使って意思疎通をすること。
そんなぎこちない言葉にも耳を傾け、私が言おうとしていることを
しっかりと汲み取ってくれる人達がいること。
これを話すのは気まずいのではないかと懸念していたことも、
お互いが真剣に向き合いながら話し合えること。

それぞれ立場が違うからこそ、話し合わないとわからないんだよ、って
やけに堂々と教えてくれた人がいた。
想像とか噂とか、誰かのフィルターを通った言葉じゃなくて、
お互いに直接質問をして、それに答えるということができるのなら、
そこから学び合うことにこそ本当に意味があるのだろう。
そんな最初の話し合いから少し経った時、
その人が、これは親しい友達にじゃないとあげられないんだ、と言いながら
故郷の伝統工芸だという小便小僧の人形をくれたことの意味を考える。
歴史というのは、これからにつなげるために過去を映し出す鏡のようなものだ、と
とある歴史博物館の門の前に書いてあった。

2017年もより深い対話と、発見と、学びの毎日になったならいいなと思う。
そして、そんな毎日の中から、良き作品を生み出していけたなら幸せだよなと
いろいろな決意を新たにする12月8日。
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by udanao | 2016-12-08 23:55 | life

台湾と私

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なんで台湾で勉強することにしたの、とよく聞かれる。
台湾の中の人にも、台湾の外の人からも。
とっても大きな理由が一つあることに変わりはないけれど、
実際にここに私がいるのは、
なんだかとても単純なことなのかもなと思う。

台湾と日本の生活習慣は違うでしょう、とよく言われる。
目に映るものとか、食べるものとか、街のスピードとか。
こないだ、同じ学部のマレーシア人留学生仲間とご飯を食べていたら、
私達は誰かに頼まれたわけでもなくて、
自分の希望でここにいるんだよね、という話になった。
言葉が全くわからない、風習も違う場所に来て、
そこで暮らしたり勉強したいだなんて、
人間の心の中には不思議な願望があるもんだよね、
と笑ったりするうちに、
最初にニューヨークに行った頃、
私はどんなことを考えていたんだろうと思った。

当時の私は、アメリカに行きたいという気持ちがとても強くて、
あえて言葉にするような理由なんてなかったのかもしれない。
日本じゃない場所に行きたい、というようなことだったのかもしれない。

それから長い時間が経って、私は再び新しい場所にいる。
作品のためとか、調査のためとか、
もちろんそういう理由があるのだけれど、
もしかしたら、自転車で街を走りながら
ここは南国だなぁとふと感じることとか、
やけに面倒見のいいコンビニの新人店員さんが
親しげに接客してくれることとか、
驚くほど突然に、歴史の断面図のようなものが見え隠れすることとか、
そんな毎日がなかなか面白くて、
台湾をもっと知りたい、
というのが一番正直な答えなのかもしれないなと思う。
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by udanao | 2016-10-17 00:47 | life

in between

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いろいろな場所で自分が見送られたり、
誰かを見送ったりすることを頻繁に繰り返す中で、
去年同じスタジオで出会ったアーティストご夫妻のことをふと思い出した。
奥様の片桐三佳さんが書いてらした文章が、
今日の私の心境にとても近い。
「大きな距離を移動するということは、
それまでの自分との決別なのだと思う。
あの日、私を乗せて日本を出たのと同じ舟は、戻ってはこなかったのだ。
戻ってきた舟は、違う私を乗せていたのだから。」

おそらく、制作とは、それまでの自分を見つめつつも、
これからの自分を探していく時のプロセスが一番面白いのかもしれない。
様々な縁に導かれながら、
その時々の状況に影響を受けていろいろな作品を生み出していくことこそが、
ある街に滞在して制作をするということの醍醐味だろうし、
結局はそれが生きているということなのだろうなと、
日本に戻る母と友人を見送りながら、心の中で静かに思った。
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by udanao | 2014-11-30 15:39 | life

2007年、2013年、2014年

2007年1月17日に書いたヌーについての文章。
———————————————
あなたの心の中にある寂しさやうれしさや切なさや喜びみたいな気持ちと、
私の中にあるいろんな想いを繋げていきたいと願います。
言葉なんてものには限りがあって、
国や時代や価値観の違いを乗り越えるのは難しいから、
nu[ヌー]が生まれました。
時に絵だったり、写真だったり、言葉だったり、
伝統だったり祈りだったり旅だったり、
nu[ヌー]が現れる場所に決まりはありません。
この青いかぶりものがあなたを強くして、
人生の意味とか、もしくは充実した未来なんてものを信じさせてくれたのなら、
なかなかうれしいのです。
どこに向かうのか、現時点ではよくわからないけれど、
nu[ヌー]の導くところならどこだって行ってみたいと思います。
みなさんの心の中にも、nu[ヌー]が住み着けますように。
どうぞよろしく。
———————————————
2007年の私は、先のことなど何も知らずにこの文章を書いていたけれど、
今でもヌーや写真、美術について思うことに全く変わりはなくて、
不思議とここに書いた通りになっているのだと感じます。
来年4月に5年半ほど働いた会社を辞め、
世界のいろいろなところで作品を生み出す暮らしを始めることにしました。
大学を卒業する時には、どんな風に美術と向き合うのが
一番自分にしっくりくるのかわからずに悩んでいましたが、
やっと付き合い方がわかって腑に落ちたような
そんな気持ちです。
新しいスタートには不安もありますが、
なるようになるだろうし、ヌーもいるから大丈夫という気持ちで、
来年も満喫していきたいと思います。
今年一年、世界のいろいろな場所でお世話になった皆様、
本当にありがとうございました。来年もどうぞよろしくお願いします。
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by udanao | 2013-12-24 01:11 | life

言葉

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私にとって、人が生きたり亡くなったりすることのやるせなさは、
うまく言葉にできないからこそ
作品を使って形にしているのだと思うけど、
その気持ちが、作品を介して
別の場所で別の時間を過ごしてきた人に伝わったのだと、
台湾の個展で通訳をしてもらって初めて知る。
去年お父さんを亡くしたのだというある方は、
大事な人が亡くなることの切なさも、悲しさもあるけど、
明るいシンプルな色の絵の中にヌーが存在することで、
これからも人は生き続けて行くんだと思いましたと言って下さった。
そう言った後、私より若いであろうその方の目には涙が浮かんでいて、
言葉にならないことと、言葉にしたいことと、
言葉を超越する気持ちと、そこに立ちはだかる言葉の壁と、
もう本当にたくさんのいろんなことを感じて、
言語や文化の奥深さを味わう。
今、言葉にならない思いが心の中にあるのですと
その状態を伝えるために存在するのが、
きっと言葉なんだろうと思うと、
まだまだ考えたいことがたくさん出て来て、
台湾で考えたことをヒントに
また次の作品をどんどん作ろうと心の底から思いました。
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by udanao | 2013-08-07 01:32 | life

選ぶということ

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何か1つを選ぶということは、
もう一方を選ばないと決めるということだと、
前にある人が言っていた。
例えば、2つの選択肢の両方が、住み慣れた土地を離れて、
なにが起きるかもわからない知らない場所に行くというものだったら、
人は、その時選ばなかったもう一つの道について、
後からどのぐらい思いを馳せるのだろうと思う。

72年前に、ある2つの選択肢を迫られた人たちがいて、
片方は自分のルーツではあるけれど訪れた事のない国に行き、
もう一方は、生まれ育った国の中ではあるけれど外国人として扱われ、
収容所に集められたのだという話を聞いた。

そんな2つの選択肢を前に、
離ればなれになったとある2人の友人がいて、
もうそれ以降会うことはなかったけれど、
時間の流れと不思議な縁で、長生きをした片方の人と、
割と若くして亡くなってしまったもう片方の人の孫が会うことになる。

72年前の別れの前に、Kayeにノートにメッセージを書いてもらったんだよ
あんまりたくさんのものは持って移動できなかったから、
大切なノートとコインのコレクションのファイルを持って行ったんだ
と言いながらジョージさんは私と妹に祖父のサインを見せてくれた。
筆記体でWords fail meと書かれたそのページを3人で見つめながら、
これは、気持ちが言葉になりませんという意味だよと
ジョージさんが滅多に使わない日本語で訳してくれた。

今も昔も、いつだって、一番強い気持ちは言葉にはできなくて、
その時の雰囲気や時間の流れの一部を切れ端のようにして残すことしか
叶わないのだろうと思う。
それでも、私や妹にとっては実際に会った記憶がほとんどない祖父が、
確かにそこに存在したということがとても強く伝わって来て、
80年以上前に出会った友達のことをいつまでも大事に思っている
ジョージさんが、また遊びに来てねって言ってくれることも、
いなり寿司とお茶漬けをごちそうしてくれることも、
もう、何だか切なくて愛おしくて、
これこそWords fail meだよなと思いつつ、
もうすぐ祖父の生まれ故郷のバンクーバーに向かいます。
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by udanao | 2013-05-27 15:31 | life

犬と私

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ある日妹のところに犬が住み始めて、
最初はお客さんのようだった犬がだんだんと存在感を増し、
だんだんと家族の暮らしの中心のようになり、
私はやや疎外感すら覚えたりして、
でもだんだんと自分も犬の存在に馴れて行き、
犬がいることが当たり前の毎日のようになって行くという、
そんなものなんだろうなとふと思った。
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by udanao | 2013-02-01 22:34 | life

Eddy

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私は言語や文化に関する現象にとても興味があるけれど、
最近、感情をうまく言葉にできないことが相次ぎ、
言葉にならない悲しさとか、理由なんて理解できない出来事と
向き合うために美術があるんだとまた思い出した。
話さなくて良くて、でも感情を処理できるという美術の優しさに
今まで何度も救われたんだった。

私が生まれた時からEddyという名前で近くにいた親戚のおじさんが、
キヨシさんという名前もあると知ったのはいつだっただろうと思う。
そのおじさんとセットで親戚の中には「カナダのおじさん」もいて、
例えば、派手な色のゼリーの素だったり、
チキンヌードルスープが欲しいとリクエストすると
カナダから小包が届いたりするような、そんなことがあった。
クリスマスになるとカードが届いたり、ターキーを焼いて食べたり、
自分の中で小さい時の思い出として覚えていることが、
実はいろんな人のいろんな気持ちの中で受け継がれて来たものなのだと
その人がいなくなってから実感することばかりだ。

カナダで生まれて、子どもの時に日本に来て、
20歳ぐらいでまたカナダに渡って、40代で日本に戻り、
70代になっても英語の勉強をしてたのだとわかるものを
おじさんの持ち物の中に発見して、
今、おじさんはカナダと日本のどっちにいるのだろうと思う。
そして、そんな手書きの英語メモと一緒に、
去年のいとこの結婚式の時に私が作った席次表やプロフィールを載せた冊子が
きれいに整頓されているのを見て、もっと話してみたかったなと思った。

だいたいの場合、聞きたいと思っていた話とか、
見ておきたかった何かの本当の意味なんてものは、
時間が過ぎてからしか伝わらないことが多くて、
私が取り組みたいと思っているプロジェクトは、
結局は答えのわからない問いについて、
ずっと考え続けるための口実のような、味方のような、
そんな存在なのだろうと思う。
一枚一枚本のページをめくるみたいにだんだんとわかることが増えて、
もしかしたらわからないことも深まって行くのかもしれないけど、
いろんなことを取り込んで、作品を生み出し続けられたなら
本当に幸せだと最近心から思う。
今年も制作の一年にしたいものです。
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by udanao | 2013-01-29 23:05 | life

Taiwan

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台湾の展示が終わって作品を受け取りに行く飛行機の中で、
たまたま窓側に座り、久しぶりに雲の上から空を見た。
一緒に行った妹は離れた席に座っていたので、
亡くなった人っていうのは一体どこに行くんだろうなどと考えながら
多少の孤独感を味わったりしていた。
その後無事台北に着陸し、飛行機の入り口で再び合流した妹に
「ねぇ、天国ってどこにあるのー?」とふざけて聞いてみたところ、
「ばかだねー、もっと上の方だよ!」とあっさり答えてくれて、
なんだかほっとした。
そんな、人が簡単に到達できるようなところにはないんだよって。

台湾に行くのはこれで4回目で、
行けば行くほど、10年前に初めて台湾に行った時のことを思い出す。
私の大事な友人の台湾出身のお母さんが、
私を高校の卒業祝いとして台湾に連れて行ってくれた時、
私はまだアメリカにも留学する前で、
周りがどれだけ自分を暖かく見守って支えてくれるかにも気付かずに
自分のことだけで手一杯だったのだと思う。
そして、それから10年経った今でも、
まだ同じ状態で暖かく支えてもらっていることを改めて思い知るのだ。
数年ぶりに会った人たちが「奈緒、変わらないね!」と言って優しく迎えてくれ、
おいしいものとか美しいものをたくさん見せてくれて、
改めて自分が何で写真を撮り始めたのかを思い出す。

台湾では子どもが生まれた時に、ご両親が金でできた干支のネックレスを贈り、
その子が将来何かで困った時の助けになるようなお守りとして持たせるのだと聞いた。
友人がいなくなった時に、私は友人のご両親からそのネックレスをいただいた。
時間が経ってみないとわからないことはたくさんあると思うけど、
いつになったとしても、何かが理解できたり、伝わることには意味があると感じる。
親が子を想って、何かを受け継いで行くというのは、
生き物の運命のようなもので、
きっととても美しいのだなと台湾に行くといつも思う。

私が大事だと思う友人を生んだお母さんが、
そのお母さんの長年の友達にとっての大事な人で、
だから、そのお友達が私のことや私の家族までもを大事にしてくれるという
なんだか不思議な円のようなものが、本当に暖かくて、
住んでいる所が離れていても、どんなことがあったって
繋がりを絶やさずに生きていきたいと心から思いました。
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by udanao | 2012-10-23 01:25 | life

居場所

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自分が孫という存在でいていい場所がそこにあるということが
今の私にとってどれほどの救いだろうかと思う。
私の最近の美術の様子を気にしてくれたり、
会社ではどうしてるのかを聞いてくれたり、
小さい頃どうだったかとか、
おばあちゃんが何て言ってたかとか、
どんなことがあったって、ここに至るまでの自分を見ていて、
応援して来たんだよって全力で示してくれる人が
私の目の前で話しているということが、
いつでも味わえる当たり前のことではないんだと
そんなことはずっと前からわかっていたはずなんだけど、
心の奥まで染み渡る。

おじいちゃん特製の青リンゴサワーを飲みながら、
おじいちゃんのお母さんが作ってたレシピを思い出して煮たという蕗をつまみ、
近所の中華料理屋からラーメンを取って食べて、
お茶を飲みながらイカの煮物とか漬け物を味わったりする。

たくさんの些細な事の中に日常があって、
そんな日常こそが、一番愛しいのかもしれないと思う。
今日も寝て起きて、いつものように朝が始まって、
誰かが出かけて、夜になったらみんなが帰って来て、
ご飯でも食べながらくだらない話で笑ったりテレビを見たりして、
そんなことが続いて行く中で、人は命を受け継いで行って、
いろんな決断をしたり、旅だって行くのだろうと思う。

葬儀の時に祖母の妹は、おじいさんをよろしく頼むね、って私と妹に言ってた。
祖父は、自分の弟と、次の人生があるとしても
またお前と兄弟に生まれたいなと話したらしい。

家族という大きな波のような川のようなものの中に自分もいて、
長い物語の中の今に居合わせたのだと思うと何だか不思議な気持ちになる。
今は孫の立場の自分が、いつかおばあちゃんという立場になったりして、
また遠くに何かをつないで行くのだとしたら、
時間が流れて行くことも、人生というのも、
何だか悪くないのかもしれないと最近の私は思っています。
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by udanao | 2012-05-12 02:34 | life