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by udanao
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カテゴリ:learn( 19 )

こことそこ

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10日ほど入院していた祖父が無事家に戻って来たので遊びに行ったら、
いつもと変わらないメニューでもてなしてくれた。
祖父が作った鯵のお刺身を食べながら青リンゴサワーを飲み、
唐揚げやポテトサラダを食べて、おなかがいっぱいになった頃に
近くの中華料理屋さんから出前を取る。
昔の思い出話や今の自分達の話をしながら、お茶を飲み、
泣いたり笑ったりしつつ、数時間を過ごす。
そんなささやかな時間があることは実は当たり前ではないと知りながらも、
だからこそ、これからもずっと同じように続いて行けばいいと思う。
奈緒がこれからやろうとしているのは先がわからないことだから、
だからすごく期待しているんだよと言ってもらって、
長い目で物事と向き合うことの大切さを思い知る。

8月から毎日教わっているオンライン中国語レッスンの先生は
2020年のオリンピックの時に日本に来る予定だという。
こないだ私が北京に行った時には先生が北京を案内してくれたので、
2020年には私が東京を案内すると約束した。
今すぐ実現できる約束もあれば、
時間が経たないと叶わない約束もあって、
それでも、また会おうねと言い合えることが幸せだと思う。
北京で先生に会った時も、毎日30分のレッスンも、
いつもいつもあっという間に時間は過ぎて行って、
「あー、いつも時間が足りませんね。楽しかったです」
と言いながら毎日の会話を積み重ねて行く先に、
2020年のオリンピックもあるのだろう。
その時の自分がどうなっているか、今の自分にはよくわからなくて、
まだ見えていないこともたくさんあるけれど、
だからこそ、期待するのだという祖父の言葉がとても心強くて、
毎日を積み重ねて行けば、
先のことはだんだんと見えてくるのだろうと信じようと思った。
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by udanao | 2013-11-03 01:00 | learn

うけつぐ

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いろんなことの反復が続いて行くというのが人生なのだろうと、
最近とても自然に思った。
繰り返すことは、変化して行くと共に、続けて行くことなのだろう。
去年の夏から、"the distance between the two"という
展示のテーマについて考え続けていて、
今日突然、そこにあるのは、結局自分じゃないかと思った。
二点の間にあるのは、つまりは自分で、
その距離感を動かすのも、測るのも、感じるのも自分なのだ。

こないだ行ったある駅が、初めて降り立ったはずなのに
とてもよく知っている場所のようで、
あー、私が考えている横浜というのは、きっとここだと思った。
そこには、祖父と似たようなイントネーションで話す
おじいちゃんがいて、
あのさー、それがさー、と横浜弁と言われるような話し方で
いろんなことを語るおじさんがいて、
祖母が作りそうな焼うどんでもてなしてくれる喫茶店があって、
何世代も前から受け継いで来た方法で活字を作って、
人類の知恵と歴史も織り交ぜて印刷をするような、そんな会社があった。

そこで出会った活字を作るプロは、
19歳の頃からもう45年もこれをやってるから、
少しは自分がやっていることをわかっているつもりなんだと
おっしゃっていた。
完璧な活字1個を生み出すために同じ文字を何個も何個も作り、
満足のいくものを選び出すという、そんな安心感がある。
理解するために50年もかかるものは、そう簡単に飽きないよって。

その後、偶然見つけて入った喫茶店では、
おじいちゃんとおばあちゃんがナポリタンや焼うどん定食を作ってくれ、
サラダやお漬け物とみそ汁とコーヒーと
デザートのイチゴミルク飴まで付けてくれて750円という、
そんな不思議な時間があった。

街を何度も歩くということが、
私が気になっているテーマのヒントになるのだろうと思う。
横浜という街が、自分の記憶とどれだけ繋がっているのか、
やっと何かわかり始めたような気がして、
カメラを手に、きちんと向き合ってみたいと思った。
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by udanao | 2013-02-24 13:10 | learn

時間

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写真を撮る事が趣味だった方が
突然亡くなる前に撮った最後の一枚だという写真を拝見して、
そこに写る花の美しさが力強くてとても好きだと思った。

目の前にあるものが愛しくて取っておきたいから
どうにかしてカメラで写しとりたいという、
その基本的な気持ちが人がカメラを持つ理由なのかなと私は思う。

美術の歴史も作者の主張も「文脈」もとっても大きくて大事なんだけど
自分が生きていて、美しくて大事だと思ったものを
どうにかして失いたくないという
人間が持っている気持ちの中に、
私が考えていることのヒントがあるのだろうと感じる。

物事は永遠ではないから、
だからこそどうにかして永遠に似ているものに近づけようと
思うんだろう。

お会いしたことも無い私から突然ですが、
心よりご冥福をお祈りしています。
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by udanao | 2011-10-30 01:41 | learn

見る

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目に見えないものは想像や気持ちの中でとても大きくなり、
手に負えないほどに膨らんでしまうことがある。
本当はそれぞれが別の問題であっても、
全部が絡み合って一つの巨大な事柄のように見えて、
それが自分の人生を飲み込もうとしているようにしか
思えないこともあるんだろう。

時間の流れという不思議な解決法によって
数年前の問題は今の私にとっては少しは見やすく整理されているから、
今の私にとっての疑問点や好奇心も、
これから何年かした後の自分にとっては行き先が見えているものに
変わっているんだろう。
その積み重ねやつながりを人生というのかもね。

横浜トリエンナーレで久しぶりに荒木経惟氏の作品を見て、
何かを数十年続けて来た人の力はすごいと思った。
思いつきとかその場での爆発というようなものではなくて、
いろんなことがある中でずっと大切にそれを持ち続けていたんだと
誰が見てもわかるような、証拠のような宝のような作品だった。
その宝物を少しでも垣間見せていただけて、
その上これから生きて行くにあたって、
自分もそんなアーティストになりたいものだと
勝手ながら弟子気分にさせていただけるなんて
同じ時代に生きられて幸せだと心から感謝する。
また見に行こうっと。
チロちゃんと陽子さんがいつでもアラーキーを見守っていると
私は信じています。
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by udanao | 2011-08-11 00:46 | learn

right and left

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日本の能を外国人に紹介するというレクチャーに行き、
面白い話を聞いた。

能のお面は、舞台の上で演じる人がどのように見せるかによって
表情を変える。
うれしさや悲しさも表すことができるし、
悩みも晴れやかな表情も見せることができるそうだ。

お面を彫る人たちにも技巧があり、
顔の左側と右側が少し違って見えるのが美しいお面なんだという。

そして、一番面白いなと思ったのが、
舞台に上がるときと下がる時の話。

能では、お面をつけた演者は舞台の向かって左側から登場する。
なので、観客が見るのはいつでもお面の右側だそうだ。
能のストーリーでは、
悩みをもってあの世に行けない幽霊が登場することが多いので、
お面の右側は困惑し、悩んでいるような表情になっているという。

舞台上ではたいていお坊さんと幽霊のやりとりがあり、
舞台を去る時には幽霊は成仏してまた舞台の左側に帰っていく。
その時お客さんが見るのは、お面の左側のすっきりとした表情なのだそうだ。

そんな話を聞いた後、ヌーについて考えてみた。
ヤツはいつも左側を向いている。
私はこの能面の話は知らなかったし、
自分が右利きだから左向きのヌーが描きやすいのかもしれないけど、
でも、ヌーが困惑して悩みを持っている方の顔ばかりを
みんなに見せていなくてよかった。
いつだってすっきりとして、何かを理解したような顔を見せてきていたなら
よかったと思った。
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by udanao | 2009-10-27 14:57 | learn

artist

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もう15年も変わらずに好きな人がいて、
その人が何を作ろうと、どんなメッセージを伝えようと、
その作品はいつでも私のツボを刺激してくる。

作品が好き、というのはきっとすごいことだ。
その人が生み出したものが誰かの心に届いたということだから。
でも、その人が作ったものなら
何でも好きと思えるほどの存在になると、
それはもっとすごいことなんだと思う。
その人が日々変化していることが作品に現れて、
その人が生きていることがむしろ作品のような存在なわけで、
その人が苦しい時期だったとしたら作品にもそれが現れ、
その人が幸せだったなら作品も変化し、
これからもその人が生み出すものを見るのが楽しみだという感じ。

私もきっと、日々変化しているわけだよね。
どんな私でも、いつも変わらずに生み出していると
思っているものがあって、
でもその中に自然と、私の日々の変化が織り交ぜられているわけで、
私が毎日を生きているということが、
とても密接に作品に入り込んでいるというのは、
なんかすごいことだ。
そして、それに気付くというのは、
私にとって実にありがたい発見。

そんなわけで、明日はASKAのライブに行ってきます。
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by udanao | 2009-04-09 01:41 | learn

知恵

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昔、知らないことを知らないと言ってはいけないと思っていた。
知らないことは隠し通して、後でこっそり調べるべきなのかと。
少し前までは、知らないことも知らなくてはいけないと思っていた。
できないことも出来ると言えば出来るようになるだろうと。
でも、本当は、知らないことを知らないと言えることによって、
その上に成長があるのかもしれないと思う。
知恵を持っている誰かが近くにいたら、
それを少し分けてもらえばいい。
経験豊かな人がいたなら、話を聞かせてもらえばいい。
そして、そこから吸収したものを
「知ってる」と言えばいいのかもしれない。

毎日世界のどこかで新しいことが起きて、
それに適切に対処するという仕事は、
自分が知らないことが次々とやってきて悔しいと同時に、
昨日知らなかったことでも、今日はわかっている
という喜びを感じることもできるわけで、
積み重ねて行く時間が楽しみだったりもする。

ゆっくり成長していけばいいよ、と上司が言ってくれて、
その暖かさが人を育てるんだろうなと思う。
美術もお金を稼ぐことも暮らしも未来も、
なんかよく見えなくて焦ることが多いけれども、
ゆっくり成長していいのか、と思いながら
のんびり自分のペースでやっていこうかね。
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by udanao | 2008-11-12 23:38 | learn

つながり

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個展にいらしてくださった皆様、
突然の連絡に返事をくださった皆様、
本当にありがとうございました。

時の博物館というテーマで展示をしたわけですが、
皆様が持って来てくださった品物を写真に撮るうちに、
時というのは、目の前にいるその人の中に凝縮しているのだと
心から思うようになりました。
それぞれが生きて来た時間があり、
私と共有した時間があり、
そこからまた新しいこれからの時間が生まれて行くということは、
とても当たり前ながらも、
再確認してみるとその価値をより味わえるような気がしました。
結果としては、展示もギャラリーも私も皆様も全てが
時の博物館を構成する要素だということなのかなと思うわけです。
今回の展示での発見をヒントに、
また新しい制作をしていけそうです。
ご協力ありがとうございました。

そして。
今回の展示をきっかけとして新しいつながりが生まれ、
とあるカフェでの個展が決定しました。
3月の前半に元町にあるランチパッドカフェというところで
ヌーを中心にした展示ができることになりました。
昨日までは知らなかった方が、今日私の作品を気に入ってくださり、
明日のきっかけをくださるということが嬉しいです。
今回ヌーがいなくて物足りなかった方、
どうぞお楽しみに☆
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by udanao | 2008-09-16 23:29 | learn

ギャラリー

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人にはそれぞれ独自の空気があり、
その空気の流れが近い人やものを発見するというのは
奇跡に近いほどラッキーな出会いなんだろうと思う。

いつか、学校の先生はギャラリーがどんどんブティック化して、
アートが商品として売られることを嘆いていた。
でも、もしかしたら、ギャラリーというのは雑貨屋のようなもので、
オーナーが世界中からこだわりの逸品を集めて来て、
作品と人のいい出会いを生み出そうとするものなのかもしれない。
例えばお金をたくさん持っていても、
例えばいくら知識がたくさんあったとしても、
肝心の作品に心から向き合っていない人には売れないのだ。
「作品を心から信じてたら、いい人が現れて、
その人の元に作品が売れて行くんだよ」
と、マイケルは言っていた。

ギャラリーオーナーがそう思っている限り、
アーティストは自分の思うままに作品を生み出せばいいのだ。
そして、それはいつかどこか遠くの空気の流れの合う人の元に行き、
いつまでもその人の心に力を与えたならいい。

私のヌーも世界のどこかで愛されて、
誰かの日常にちょっとした力を与えられているなら、
とっても幸せだよな、と思う。

そんなギャラリーオーナーMichael Foley氏のギャラリーはこちら
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by udanao | 2008-04-08 13:11 | learn

tokyo tower

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ニューヨークから来た写真家のアシスタントをさせてもらった。
スタジオに集まって、きれいなモデルさんがいて、
見た事もないような服を着せて、
いいねぇーとか言いつつ撮るような、
そんな場面に自分が足を踏み入れるなんて思っていなかったけど、
とても心地よい場所だった。
みんなで一つのものを作り上げるっていうのは美しい行為だ。

アートは自分一人で苦しんで作るもので、
自分との対話だ、と思ってたけど、
作品と呼ばれるものは、
誰かとの関わり合いの中で生まれることもあるよね。
大切なのは、自分の中から生み出した何かであるということ。
誰かと刺激しあったほうが出来上がりは多面的で
より豊かになるのかもしれない。

人生もきっと同じで、
自分と向き合うことが一番大事だという前提のもと、
まわりの人とたくさん語り合って、辺りをよく見て、
その中でどうやって生きて行くかっていうことなんだろう。

感謝の気持ちだよ、といって連れて行ってもらった
東京タワーと純日本的居酒屋は、
私が今までに見た事があるどんな場所よりも
インターナショナルで人と人の温かい気持ちが溢れていた。
私は人間が好きみたいね。

ちなみに、そんな写真家Alvin Booth氏の作品を見たい方はこちら
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by udanao | 2008-02-07 00:20 | learn