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by udanao
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犬と私

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ある日妹のところに犬が住み始めて、
最初はお客さんのようだった犬がだんだんと存在感を増し、
だんだんと家族の暮らしの中心のようになり、
私はやや疎外感すら覚えたりして、
でもだんだんと自分も犬の存在に馴れて行き、
犬がいることが当たり前の毎日のようになって行くという、
そんなものなんだろうなとふと思った。
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# by udanao | 2013-02-01 22:34 | life

Eddy

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私は言語や文化に関する現象にとても興味があるけれど、
最近、感情をうまく言葉にできないことが相次ぎ、
言葉にならない悲しさとか、理由なんて理解できない出来事と
向き合うために美術があるんだとまた思い出した。
話さなくて良くて、でも感情を処理できるという美術の優しさに
今まで何度も救われたんだった。

私が生まれた時からEddyという名前で近くにいた親戚のおじさんが、
キヨシさんという名前もあると知ったのはいつだっただろうと思う。
そのおじさんとセットで親戚の中には「カナダのおじさん」もいて、
例えば、派手な色のゼリーの素だったり、
チキンヌードルスープが欲しいとリクエストすると
カナダから小包が届いたりするような、そんなことがあった。
クリスマスになるとカードが届いたり、ターキーを焼いて食べたり、
自分の中で小さい時の思い出として覚えていることが、
実はいろんな人のいろんな気持ちの中で受け継がれて来たものなのだと
その人がいなくなってから実感することばかりだ。

カナダで生まれて、子どもの時に日本に来て、
20歳ぐらいでまたカナダに渡って、40代で日本に戻り、
70代になっても英語の勉強をしてたのだとわかるものを
おじさんの持ち物の中に発見して、
今、おじさんはカナダと日本のどっちにいるのだろうと思う。
そして、そんな手書きの英語メモと一緒に、
去年のいとこの結婚式の時に私が作った席次表やプロフィールを載せた冊子が
きれいに整頓されているのを見て、もっと話してみたかったなと思った。

だいたいの場合、聞きたいと思っていた話とか、
見ておきたかった何かの本当の意味なんてものは、
時間が過ぎてからしか伝わらないことが多くて、
私が取り組みたいと思っているプロジェクトは、
結局は答えのわからない問いについて、
ずっと考え続けるための口実のような、味方のような、
そんな存在なのだろうと思う。
一枚一枚本のページをめくるみたいにだんだんとわかることが増えて、
もしかしたらわからないことも深まって行くのかもしれないけど、
いろんなことを取り込んで、作品を生み出し続けられたなら
本当に幸せだと最近心から思う。
今年も制作の一年にしたいものです。
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# by udanao | 2013-01-29 23:05 | life

blue and tree

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ついこの間、美術に関わる人達と話をしていた時に
この世の中に、極めて個人的で内輪で、
少しも普遍的な何かを示唆しないような
そんな美術作品が存在するのだろうかという話題が出た。
例えば、スタイルが個人的だったり、ある地域独自のものだとしても、
その内容や意味は、住んでいる場所が違ったり、
社会のシステムが違うところにいる人たちの人生の問題とだって
繋がってしまうのではないかと。

夏の台湾の個展の時から、
二つのものの間に発生する距離について考えている。
何か二つのものがある場合、
その間の距離は時代とか、関係とか、事情とか、
いろんなことが理由で近くなったり遠くなったりして、
どうやって測ったらいいのかわからない時もあるのだと思う。
その間をどうにかして近付けたり、境目を曖昧にしたり、
距離を認めたりするために、美術は大きな意味を持つのだろう。
美術という名の下で、世界の問題について思う事があったなら、
何かを表現してみていいんだよという大義名分が生まれて、
そうしたらそれは、現実のやむを得ない状況について
正々堂々と考えたり話したりするための糸口になるのかもしれない。
本当なら、そんな言い訳なしに好きなことを好きなように話すのが
きっと自然で心地よい事なのかもしれないけど、
様々な理由でそれが叶わない時でさえ、人は例え話や知恵を使って、
自分が考えることを伝えて行こうとするのだろうと、
ここ最近出会った一連の作品を観て思った。
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# by udanao | 2012-12-17 00:29 | art

Taiwan

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台湾の展示が終わって作品を受け取りに行く飛行機の中で、
たまたま窓側に座り、久しぶりに雲の上から空を見た。
一緒に行った妹は離れた席に座っていたので、
亡くなった人っていうのは一体どこに行くんだろうなどと考えながら
多少の孤独感を味わったりしていた。
その後無事台北に着陸し、飛行機の入り口で再び合流した妹に
「ねぇ、天国ってどこにあるのー?」とふざけて聞いてみたところ、
「ばかだねー、もっと上の方だよ!」とあっさり答えてくれて、
なんだかほっとした。
そんな、人が簡単に到達できるようなところにはないんだよって。

台湾に行くのはこれで4回目で、
行けば行くほど、10年前に初めて台湾に行った時のことを思い出す。
私の大事な友人の台湾出身のお母さんが、
私を高校の卒業祝いとして台湾に連れて行ってくれた時、
私はまだアメリカにも留学する前で、
周りがどれだけ自分を暖かく見守って支えてくれるかにも気付かずに
自分のことだけで手一杯だったのだと思う。
そして、それから10年経った今でも、
まだ同じ状態で暖かく支えてもらっていることを改めて思い知るのだ。
数年ぶりに会った人たちが「奈緒、変わらないね!」と言って優しく迎えてくれ、
おいしいものとか美しいものをたくさん見せてくれて、
改めて自分が何で写真を撮り始めたのかを思い出す。

台湾では子どもが生まれた時に、ご両親が金でできた干支のネックレスを贈り、
その子が将来何かで困った時の助けになるようなお守りとして持たせるのだと聞いた。
友人がいなくなった時に、私は友人のご両親からそのネックレスをいただいた。
時間が経ってみないとわからないことはたくさんあると思うけど、
いつになったとしても、何かが理解できたり、伝わることには意味があると感じる。
親が子を想って、何かを受け継いで行くというのは、
生き物の運命のようなもので、
きっととても美しいのだなと台湾に行くといつも思う。

私が大事だと思う友人を生んだお母さんが、
そのお母さんの長年の友達にとっての大事な人で、
だから、そのお友達が私のことや私の家族までもを大事にしてくれるという
なんだか不思議な円のようなものが、本当に暖かくて、
住んでいる所が離れていても、どんなことがあったって
繋がりを絶やさずに生きていきたいと心から思いました。
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# by udanao | 2012-10-23 01:25 | life
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6歳ぐらいの時、祖父が入院していた病院のロビーか、
または空港に向かうバスが出発するターミナルのようなところで、
手帳に筆記体でメモを取る外国の人を見て、
スラスラと何かを書く姿に憧れたことがあった。
その言葉が何だかもよくわからず、
でもとても印象的だったので、
私もノートに筆記体風の何かを書いてはtとかiの点を後から打って
外国の言葉のようなものが書けたことに満足していたことがあった。

人は、何歳ぐらいの時に
世界には自分とは違う言葉を話したり書いたりする人がいて、
例え同じ言葉を話す者同士であったとしても、
結構な努力をしなくては
意思の疎通というのは難しいらしいと気が付くのだろう。

そしてある時、韓国の空港を出て、
北京経由で日本に帰るという飛行機の中で、
私の隣には中国人のお母さんと、
韓国のパスポートを持った2歳のお嬢さんが座っていた。
その子は日本に在日韓国人のお父さんがいて、
家族の会話は日本語でしているらしく、
私とも日本語で話して遊んでいたけれど、
そのうち、近くに座っていた4歳ぐらいの中国人の女の子が近づいて来て、
おもちゃを差し出しながらその子に中国語で話かけていた。
2歳の子は「あ、おねえちゃん来た!」と日本語で言い、
年上の子は中国語で何かを語りかけるということを繰り返し、
二人が何を感じていたかはわからないけれど、
多分楽しい時間だったんだろうと端から見ていて私は思った。

大人になるにつれて、形とか考えとかを気にして、
言葉が通じるかとかきちんと理解されているかとか
そんなことばかりに頼るようになるのかもしれない。
本当は結構近いものをとっても遠いと思ってみたり、
実は違うものを無理に近いと思ってみたり、
場合によって自由に変化する距離を
無理矢理にでも定めようとしてみたり。

本当のところがどうなのかなんてことは、
その場所に立って時間をかけてからやっと見えて来るのかもしれません。
台湾での個展でじっくりと考え、新しいヒントを見つけて来ようと思っています。
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Nao Uda solo show "the distance between the two"
宇田奈緒 個展「2つの間にあるもの」展
小南風 minami zephyr
-台北市大安區師大路68巷9號1樓
-Tel: +886-2-23633138
-opening hours:
Tue to Sat 12:00 ~ 21:00
Sun 12:00 ~ 19:00
-The nearest MRT station: 台電大樓 Taipower Building Station
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# by udanao | 2012-08-05 02:22 | show

60日間

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BankARTでの2ヶ月間のレジデンスが終わりました。
自分一人でいろいろなことを考える日々があり、
それを周りの人と話して共有する時間があり、
作品のことだけでなく、そもそもの写真と自分の関係までをも
理解できそうなヒントが得られた、そんな2ヶ月でした。
何かについて本気で考えるためには、
向き合うという行為が必須なのだと改めて感じます。

横目で見ていても、片手間で取り組んでいても、
一見美術風なものは人の中から出て来るのかもしれませんが、
本当は、正面からきちんと向き合って、
苦しみながらも何かに達しようという
野望を持って考えていなくては、
自分の言いたいことすら見えては来ないのだろうと思います。

何年も前からその前を通り過ぎていたような場所や考えが、
実は今の自分の疑問の答えになるということが、
すごく自然で、安心できるなと思いました。
何だかとてもすっきりした気持ちで、前を向いて、勇気を持って、
これからも進んで行こうと思うための種となった60日間でした。

毎日スタジオで迎えて下さったBankARTの方々、
スタジオに来て下さった方、たくさん話して知恵を下さった方、
スタジオでいろんなことを一緒にして下さった皆様、
本当に本当に感謝しています。
また会いましょう!
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# by udanao | 2012-07-18 00:23 | me
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5月15日から2ヶ月間滞在制作をしているBankART studio NYKの
オープンスタジオが7月6日に始まります。
16日まで作業の様子や作品が見られるようになっているので
ぜひ遊びにいらして下さい。

会期:2012年7月6日[金]-7月16日[月・祝]
時間:11:30-19:00 (最終日18:00まで)
会場:BankART Studio NYK
料金:入場無料
オープニングパーティー:7月6日[金] 19:00- 参加費:500円
詳細はこちら
http://bankart1929.comのWhat's newもご覧下さい。

6月30日(土)19時からBankART Pubでアーティストトークもあります。
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# by udanao | 2012-06-29 21:26 | show
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場所も時間も違うのに、何だかいつか見た事があるような、
そんな懐かしい風景が記憶の中を通り過ぎて行って、
これまでにあった一つ一つのことに
今の自分が支えられて存在しているのだと実感する。

物事はある一方からではなく、いくつもの方向から見ないと
核心なんてものは見えないのだろう。
自分が長い時間をかけて考えて、ずっと信じてきたはずものが
変な風を受けてちょっと揺らいでしまうような時も、
私がどこに向かっているかを教えてもらい、
自分がその方向に行きたいなら行けばいいじゃないか、と
力強くうなずいてもらうことの意味はとても大きい。
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この夏は美術でいろいろなことをします。
皆様の進みたい方向についてや、
これまでの歩みの話を聞かせていただけるのを楽しみにしています。

宇田奈緒 個展
"a story about a family"[とある家族についての物語]展
2012年6月19日(火)-24日(日)
11:00-19:00(最終日17:00まで)
ぎゃるりじん 
〒231-0868 横浜市中区石川町2-85
地図はこちら
JR根岸線(京浜東北線直通)石川町駅南口 徒歩2分
みなとみらい線(東急東横線直通)元町中華街駅 徒歩15分

その他いくつかお知らせです。
*現在-7月16日
bankART NYK "Artist in studio"プログラム参加中
地図はこちら
7月6日から16日はオープンスタジオがありますが、
その前も見学可能なので、
もし良かったら作業中の様子を見に来て下さい。

*7月1日 10:00-16:00
「代々木てづくり市」@代々木八幡宮
地図はこちら
久しぶりにjuriologyと共にてづくり市に参加します。

*8月2日-8月31日
個展"the distance between the two"[その二つの間の距離]展
@台湾「小南風」ギャラリー
この時期に台湾にいらっしゃる方がいらしたらお知らせ下さい!
私は8月7日まで現地にいる予定です。
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# by udanao | 2012-06-06 00:43 | show

居場所

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自分が孫という存在でいていい場所がそこにあるということが
今の私にとってどれほどの救いだろうかと思う。
私の最近の美術の様子を気にしてくれたり、
会社ではどうしてるのかを聞いてくれたり、
小さい頃どうだったかとか、
おばあちゃんが何て言ってたかとか、
どんなことがあったって、ここに至るまでの自分を見ていて、
応援して来たんだよって全力で示してくれる人が
私の目の前で話しているということが、
いつでも味わえる当たり前のことではないんだと
そんなことはずっと前からわかっていたはずなんだけど、
心の奥まで染み渡る。

おじいちゃん特製の青リンゴサワーを飲みながら、
おじいちゃんのお母さんが作ってたレシピを思い出して煮たという蕗をつまみ、
近所の中華料理屋からラーメンを取って食べて、
お茶を飲みながらイカの煮物とか漬け物を味わったりする。

たくさんの些細な事の中に日常があって、
そんな日常こそが、一番愛しいのかもしれないと思う。
今日も寝て起きて、いつものように朝が始まって、
誰かが出かけて、夜になったらみんなが帰って来て、
ご飯でも食べながらくだらない話で笑ったりテレビを見たりして、
そんなことが続いて行く中で、人は命を受け継いで行って、
いろんな決断をしたり、旅だって行くのだろうと思う。

葬儀の時に祖母の妹は、おじいさんをよろしく頼むね、って私と妹に言ってた。
祖父は、自分の弟と、次の人生があるとしても
またお前と兄弟に生まれたいなと話したらしい。

家族という大きな波のような川のようなものの中に自分もいて、
長い物語の中の今に居合わせたのだと思うと何だか不思議な気持ちになる。
今は孫の立場の自分が、いつかおばあちゃんという立場になったりして、
また遠くに何かをつないで行くのだとしたら、
時間が流れて行くことも、人生というのも、
何だか悪くないのかもしれないと最近の私は思っています。
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# by udanao | 2012-05-12 02:34 | life

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3月にもう一人の祖母も向こうの世界に旅立ちました。
おばあちゃんと呼べる人がみんな遠くにいってしまったことに
実感がわかないと同時に、すごく時間が経ってしまったような
不思議な感じがします。
誰の人生にだって終わる時がいつかは来ると理解しているものの、
できるならそんなに頻繁にではなく、
もう一度四季が巡って、心が少し落ち着いた頃でも良かったじゃないかと
なんとなく納得がいかないような気がします。

良いことも悲しいことも全部自分に意味がある記憶になるし、
それが人生だというメールを韓国語でもらって、
本当にそうだなと思います。
私の乏しい語学力ではわからず、翻訳ソフトを使うという
ちょっとセコい方法で理解しましたが、
機械が訳してこんなに豊かな文章だということは、
韓国語がわかれば、どんなに世界が広がるのだろうと思います。

春が来る度に、もう12回目になる友達の命日を祈り、
色々話を聞けずに亡くなった祖父に思いを馳せ、
今年旅立った祖母達のことを思い、
季節の変わり目が切ないことに終わりはないけれど、
生きているということには大きな意味があるのだと思います。

早く新緑の季節が過ぎて、
半袖でも着て暑がりながら夜に散歩をするような、
そんな夏になったらいいなと思います。
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# by udanao | 2012-04-25 15:30 | life